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はまねこ&チー MGぐるぐる日記

2歳目前に小児MGを発症した娘と4歳から吃音の息子、その家族の日々です

涙の蛇口

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私は自分の事で泣くってのは、滅多にありません。テレビで感動したり、本読んで涙ぐんだり、その程度。昔から、感情を露わにするタイプじゃないんです。泣いたって事態は好転しないだろーが…と、つい考えてしまう。

そんな私が今回の入院で涙ぐんだのが2度。

1度目は入院が告げられた日の筋力検査の廊下で。まだ病名は告げられてなく、ストレッチャーで運び込まれた扉の向こうから「これは?」「…反応ありません」「じゃあこれは?」と、ボソボソ声が聞こえてきます。あれ?地震と思ったら自分の膝が揺れてて、あ、私震えてんだ…と。

チーは全ての検査に泣くことなく、知らないお姉さんやおじさんに連れられ、CTスキャン胸部レントゲン…とこなして行きました。

そこでの最後が筋力検査。落ち着きなく立ったり座ったりしながら、視界がぼやけて行く自分がいました。

2度目は散々迷った挙句、ステロイドパルスを決心した時。チーにベッドで治療について話しました。「今から、ステロイドっていう強い薬を点滴で入れるからね。ママは代わってあげられないから、チーの腕に先生が注射するの。チーの眼が治って欲しいなって、みんなが思って、一生懸命考えて決めたんだ。ママはずっと付いてるし、怖かったら泣いたって良いんだよ。いつでも抱っこしてあげるから、2人で頑張ろうね」と、えいえいおー。

しーんとした顔で話を聞いた後、私に付き合ってえいえいおーしてくれて。看護師さんに連れられて点滴。ウンともスンとも言わずに点滴をされました。迎えに行って、その小さな背中を見た時に思わず涙が。

そして錆び付いた私の涙の蛇口を思い切り開放したのがそーごです

入院中に妹の結婚式がありました。出席を諦めていた私に、パパから付き添い交代してくれると連絡。上の2人を見てもらうことはあっても、チーとパパは2人っきりになる機会がほとんどありません。

ドキドキしつつも、当日まで皆には内緒で準備して出かけました。

式は仲間に愛された2人らしい、とても暖かなもので、手作りとは思えないおもてなしの数々。

なかなか会えない親戚の方にチーの病気を説明したり、挨拶したり…と、なかなか子供とゆっくりは出来ませんでした。

時計を見ながら、時々連絡を入れて無事を確認しつつの落ち着かない私に、久しぶりに会えたそーごが別れ際になってついに爆発。

帰るという私の足にしがみついて、大号泣を始めました。方々から「ほら、そー君、チーちゃんは病院で頑張ってるんだよ」とか、「お兄ちゃんになったんだよね、そー君」の励ましの声が聞こえてきます。

でも彼はテコでも動かず…そうなんです。彼は十分分かってる。私を困らせてる事も、そんな事言っても私が行っちゃう事も。そんで、5歳男子の頭と身体でこれ以上ムリって位に日々頑張ってる。

抱っこして背中をさすりながら「そー君は頑張ってる。とてもすごくてママはビックリしてる。ママだって大好きだし、一緒にいたい」と繰り返すも離れず。しまいに「そんな事言ったって、帰って来ないじゃん!僕よりチーちゃん方が大事なんだーっ!わぁーん!」と泣かれました(T_T)。

違うんだよ、そうじゃなくて…と、どうやって分かってもらおうとしてたら、涙がジャージャー出て来てしまって。「マ、ママだって、帰ってみんなとご飯食べたいし、み、みんなと寝たいんだよー!でもチーちゃんのおメメが開かなかったら帰れないんだよー!」と、帰りたい…なんて、自分の中での最も言ってもしょーがないNGワードが(笑)。

言ってもしょーがない事の向こうに涙はあります。どうする事も出来ない無力感と、必要とされてる時に力になれないもどかしさ…。あぁ、彼はこれをどうにかして乗り越えて行かなくちゃならないんだ。チーとは違うけど、周りも自分で越えて、どこかでそれが糧になる日を迎えなくちゃならないんだ…と強く感じました。

将来、彼が物事につまづいた時に、「あの時の俺は孤独で、思い返せばあれが俺の闇の元だったぜ…」なんて悪ぶらなくてもいいように、この経験が、触れたくない家族の暗部にならないように。

それは発病して治療に邁進するよりも、もっと細やかで分かりにくい事でもあります。でも、縁あって同じ船に乗り合わせた家族で、足りない部分を補い合い、助けられる者が困ってる相手を助ける、と、学べるチャンスだとも言えます。

今回の出来事で、思いがけず沢山の人から助けをもらいました。そーごが今はその意味を理解出来なくても、これからを生きる上で、どこかでゆっくり分かってくれたら良いなーと思います。

それには大人である私やパパがその意味をきちんと理解し、人と支え合ったり助け合う、相手の立場になって考える、そういう事を態度で示して行かなくてはなりません。窮地に立たされた人ほど、その後の生き方に責任があるんだなーと実感。

普段冷静沈着で通っている私は、わーわー泣いたおかげで、思いがけず動揺していたようで、まんまと帰り道に迷い、久しぶりに迷子の寂しさを味わいました。今は、しょーがない事を言って泣かせてくれた息子と、素直にぶつかってくるエネルギーに感謝の気持ちです。

泣かない娘の方がややこしい形に現れそうで、ちょっとドキドキしたりしてます…(笑)。でも女子は自分の中に空いた穴ボコを覗ける勇気があるので、あまり心配はしてないのですが。それには私が相談相手として信頼に足る女性でいないといけませんね(^_^;)。