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はまねこ&チー MGぐるぐる日記

2歳目前に小児MGを発症した娘と4歳から吃音の息子、その家族の日々です

自分の半径を考える

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△夕焼けが秋めいて来ましたねー^_^!
 
ずいぶん懐かしい話ですが、今5歳の息子がまだ1才半の頃、子連れで図書館に行った時の事です。彼はねんねの授乳時間が長く、とっても寝かしつけに時間がかかっていたので、私は開き直って読書する事にしていて、それは今も変わらず読書は私の唯一(?)の息抜きになっていました。

いつも彼とセットなので、毎回「返却して借りる」を一度に済ませてしまいたいと思うと、子どものコンディションによって私の図書館タイムには雲泥の差が…。その日も眠かったのか何なのか、途中からとってもひどい状態になりました。なだめすかしつつ、こちらは冷や汗をかきながら何とか本をつかんで(もちろん吟味する余裕はありません。文字通りひっつかんで…という感じです☆)受付に並んでいました。ここでも本に対する質問などが出ていて思ったより時間がかかってしまって、いけす魚場のようにのたうちまわる息子を小脇に抱えて待っていたのです。
 
そしたら、息子の泣き声に腹を立てた労務者風のおじさんが、あちらからスゴい勢いで怒鳴りながら近寄って来ました。もしかしてナイフなどを持っていたら刺されていてもおかしくない程の勢いです。「うぉりゃー!てめ、わりゃー!どんだけ子ども泣かしとんじゃ、こりゃー!うるっっせーんだよ、わりゃー!」と、お酒の匂いと呂律の怪しい感じで掴み掛からんばかりに怒鳴り散らしてきます。
 
その場にいた皆が凍り付きましたが、誰も助けちゃくれません(^^;)。息子は大声にビックリして泣き止み、その様子に満足したのかそれだけでおじさんは遠ざかって行きました。誰もその事に触れず、図書館の人もおじさんにノータッチで、何事もなかったかのように貸し出し処理をしました。わぁ、こういう時って周りはこんな感じなんだなぁ…、目も合わせてくれないんだー、これでブスッと刺されて流血したらやっと警察を呼ぶ感じなのかー。と人ごとのように思いながら、逃げるように図書館を出ました。
 
それでもなかなか私の鼓動は治まらず(多分息子もですね…)、公共の場でも言う事を全然聞いてくれない息子に泣きそうになりながら、車に乗り込むと偶然、カーラジオから昔大好きだったミュージシャンの歌が流れ、何かが慰めようとしてくれてんだ、と少しホッとしたりして。
 
そんな時、ふと信号待ちをしていた自転車の若者とおばあさんが目に入りました。金髪にピアスの、おしゃれな今時の男の子ですが、信号が変わったらすごくゆっくり自転車を引きながらそのおばあさんと話しています。全然特別な感じじゃなかったから、孫とおばあちゃんなのかな。
 
それを見ながら、急に思ったんです。あぁ、あの男の子は老人のスピードを知ってるんだな、って。きっと自分のおばあちゃん以外でも、町で老人の方々を見かけてスピードにイラつく事はないでしょう。それと同じで、あのおじさんは子どもの泣き声を知らないんだ、きっと。工事現場の音も子どもの泣き声も変わりない「騒音」なんでしょうね。そう思ったら、息子の泣き声はさぞかし苦痛だったでしょうし、腹の立つ事が世の中にとても多いんじゃないかしら。
 
今は私も騒がしい子どもをなだめる親を見て「大変そうだなぁ、そのうち終わるから頑張って!」と思いますが、独身の頃は、公共の場で騒ぐ子どもを親なら抑える事が出来ると思ってて…恥ずかしながらあんなに言う事を聞かせるのが困難なんて知りませんでした(^^;)。
 
自分が関わる中で、誰かの事情や痛み、困っている事を知る事が初めて出来るんですよね。チーが病気になって、初めて「子どもの病名の告知を受け止めて行く」という事を知り、「入退院を繰り返す日々と家族の付き添い」について考え、見た目で差別されちゃう痛みについてリアルに想像しました。
 
入院している頃、薬が効かずに右眼が斜視&下垂しているチーと屋上庭園を散歩していると、向こうから小学1年生くらいの女の子が駆けて来て「わぁ、この子目が怖くなかったらめちゃくちゃ可愛いんじゃない?」と言いました。正直すぎる感想に苦笑いしながら「そうなんだよ。今この目を治す為に入院してんだ。薬飲んだり点滴したり頑張ってんだよー」と教えてあげると、しげしげと顔を覗き込みながら「ふーん、そうなんだー」。悪気は全然感じなかったし、それについてどうこう思いませんが、知らないってそういう事なんですよね。
 
チーと関わる人々に、病気について知ってもらう事で、その周りだけでも見た目で誰かをからかったりする事がなくなったらいいなぁ…と思います。今は教育現場でも、スピードの違う子どもや日常生活に少し不安のある子どもを別の教室に入れてしまいますよね。私の小さい頃は時々大声を上げて教室から飛び出して行く子を探しに行ったりしたものです。それが良いとか悪いとかじゃなくて、自分でそう意識しないと「知る事」が難しい時代なのかな、と思います。
 
自分の気分のいい相手としか付き合わないのは、大人でもそうなっている気がしていて…。同じ年の子どもとその親同士、近所付き合いも面倒のない程度、そうやって横にしか繋がっていないと、自分の半径がどんどん狭まっていくんじゃないかなー。世代の違う人と話したり、お友達以外の人と知り合う機会、誰かの困ってる事を想像する事、大人も自分の半径について少し意識を持てたら、子どもに見せる世界もちょっと広がるかもしれません。
 
もちろん、それはやみくもに広げるんじゃなくて、親身になれる程度、ちゃんと温度を持って相手を想像出来る程度でいいと思います。チーが私の半径を少しだけ広げてくれたなーと感謝の気持ちです。