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はまねこ&チー MGぐるぐる日記

2歳目前に小児MGを発症した娘と4歳から吃音の息子、その家族の日々です

大人が自分の言葉で話すこと

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△すっかり秋空になりました!

 

夏休みが明けてもドタバタが続き、何だか久しぶりの更新になってしまいました^^;。

 

先日、ふと思い立ち、女の子を育てているママたちを誘って「ママの思春期を赤裸々に語ろう!」という小さな会をしました。女の子を育てるのって、男の子を育てるのとちょっと違った因縁(?…ちょっと言葉が悪いですね…笑)を感じていて、色んな(元)女の子であるママの小さな頃から思春期の想いをシェアしたら、今の女子育てのヒントになるんじゃないかな…と。

 

女の子を育てると、自分の母やその母の事を思います。自分と自分の親と子供と3代分の女子の人生を見る、みたいな不思議な感覚があるんですよね。男の子を育てるのはもっと冒険的な、分からない世界に踏み込んで行く感じで、私の中ではちょっと違った感覚なんです。どちらも興味深くて楽しいんですけどね^^。

 

結論からいうと、とても面白い会になりました^_^。進行がちゃんとあった訳じゃないので、話し足りない方がいたんじゃないかな…とちょっと心配なんですが^^;。今はそれぞれちゃんとし過ぎてるように見えるママ達が、試行錯誤しながら自分の母とケンカしたりぶつかったり…そんな頃の話をし合っていると、今の子育てでのつまづきもいつか笑える日が来るんだろうなぁ、と少し身軽に思えるから不思議。

 

優等生だった子が20歳を過ぎていきなり母に反旗を翻し、仕事を辞めて旅に出た話、つい先日実母と大ゲンカした話(聞く方は笑えるんですけどね…)、小さな頃から母と合わなくて困った話などなど。今は穏やかに笑っているママ達のとんがった時代を共有するのはなかなか良い物です^_^。当たり前ですが、ママである前に1人の女性であって、昔は多感な女の子だった訳です。

 

私は常々、裏切ってはいけない相手は「小さな頃の自分」だと思っています。大人に疑いの目を向けていた頃の感受性に恥ずかしくない自分でいたいなぁ、と。そうなっているかどうか…あの頃の私はどう言うか分からないけど、時々心の中に顔を出して来るのでそんなに遠い場所には行っていなんじゃないかしら(と思いたい…)。

 

自分の話になってしまいますが、私は育てにくい子供だったろうと思います。大勢に混ざって遊ぶのが苦手で、ありがとう!とか、嬉しい!とか、すぐに相手を喜ばせる言葉が出なくて、じーっとしているうちに全部終わってしまうような。

 

そして思春期になると、中学で勉強を早々に止めてしまって「こんなに勉強が楽しくないのはきっと皆と違うんだろうな。このまま進学するのは勉強に失礼だし、他の道を探さなくては…」とぐるぐる考えていました。皆が進路を決めて行く中、普通高校で勉強を続けるなんてどうしても考えられず、商業学校が「商売を教えてくれる学校」だと勘違いしていたので、そうじゃないと分かった時に全部ガラガラと崩れて青ざめたのを覚えています(笑)。

 

ヤンキー(死語…笑!)でもないし、騒いで授業を妨害する訳でもない、でも全然勉強しない。友人はヤンキーが多いけど、どうもこの子は違うみたいだし、無気力なのか何なのか?何度生徒相談室に呼ばれたか分かりません。でも呼び出した先生も「何でお前は勉強しないんだ?」の後は続かず、2人して黙ーって座ってたり(笑)。

 

そんな悶々とする日々の中で、美術の授業でたまたま絵を褒められたので、先生に直談判してデッサンを見てもらい(その時点では箱一つ描けなかったのに…笑)、高校はデザイン科を選びました。あまりに成績が悪くて行ける高校も限られていたので、進路を決めただけで先生も両親もホッとしていたようです。進路を決めるのも全然親に相談もせず、願書も自分で取り寄せて、体験入学の手続きもし、生まれて初めて勉強をして着々と進学しました。

 

その頃の事を思い出すと、大人の言葉が一般論ばかりで全然届いてこなかった気がするんです。勉強をする理由に「知らない世界を知るって面白くないか?」と言ってくれる先生はいなかったなぁ、と。「先生社会科大好きなんだ!特にこの時代…!この本読んでみろ、面白いぞー!」って興奮してくれたら、お!と思ったんでしょうけどね。「うわ、めんどくさい事言って来る生徒だなぁ。生意気な事言ってる間に勉強しろよー、もぅ!」って感じで持て余されてばかりで、扱いあぐねてるのが見てて分かるし。

 

今となっては、先生達も周りの大人も大変だっただろうなぁ…と苦笑いですが、あの頃の自分は一生懸命なにか?自分自身?と戦う日々だったんだと思います。何もかも分かったような顔をして、こうありたい自分と今の現状の差に愕然としながら、ジタバタもがいて、ほんとうはどこにあるのか探していたような気がします。

 

子育てはその子が30代になった頃、周りを羨んだり誰かの幸せを祝福出来なかったりしないで、自分自身との足並みが揃っていたらそれでいいんじゃないかしら。少なくてもいいから、見栄を張らずに付き合える大切な仲間がいたら最高です。親の出る幕はほとんどなくなって、最後の最後、自分をないがしろにしそうになった時のストッパーでいられたら、それだけで十分。

 

それにはまず、大人が自分の言葉で話すこと。みんながそうだから、とか、あの子を見てごらん、とか言わないで、私はこう思う、と親身になって話すことから始まる気がしています。ママの中で、子供に「(いじめで)死のうと思ったら、絶対その前にママに話して。辛い目に遭わせた子を1人ずつママがやっつけに行くから。それが全部終わってからだからね。絶対に言うんだよ、分かった?!」って言っているって方がいて。それは確かに、一般論ではなくてオリジナルのメッセージですよね。「いけない事だからするな」と言われるよりも胸に響くと思います。

 

親になって分かったのは、親だってジタバタもがいてる事です。一緒にもがく仲間を持って、情報や悩みをシェアして行けたら心強いですよね^_^!